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東京高等裁判所 昭和60年(う)669号 判決 1985年7月11日

被告人 澤田和孝

昭二三・一〇・二生 無職

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中四〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人安井規雄提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一法令の適用の誤りの主張について

所論は、本件覚せい剤一〇袋(押収番号略、以下同じ)は、原判決判示の罪に係る覚せい剤で被告人の所持するものであるが、第三者の所有するものであることから、検察官は刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法に基づき告知の手続をとつている、しかるに原判決は単に「判示の罪に係る覚せい剤で被告人の所持するものであるから、覚せい剤取締法四一条の六本文によりこれを没収する。」とのみ判示するにとどまり、前記応急措置法の適用を遺脱している、しかして、刑事事件における第三者所有物の没収手続については、第三者に対し、告知、弁解、防禦の機会を与えないで第三者の所有物を没収することは、憲法三一条、二九条に違反することは判例の示すところであり、前記応急措置法もこの趣旨に基づいて成立したのであるから、同法により第三者に対し、告知、弁解、防禦の機会を付与する手続を経なければ、本件没収手続が憲法に違反することになること、また、主刑及び付加刑を判決に明示することは、法によつてしか裁かれないことを公にし、人権侵害を排除する上で重要な意味をもつことから、本件においては、前記応急措置法の適用を判決に判示すべきであるのに、これを遺脱した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

そこで検討するに、判決で没収を言い渡す場合にどの程度の理由を付すべきかについては、刑事訴訟法は特別の規定を置いていないので、一般原則に従つて判断すべきところ、同法四四条も上訴を許す裁判には理由を付さなければならないとしているのみで、その内容については具体的に規定していないのであるが、その趣旨に照らすと、裁判に付すべき理由は、裁判でなされた裁判所又は裁判官の判断ないし処分の根拠を明らかにすることによつて、恣意を排して裁判の客観的合理性を担保し、かつ、訴訟関係人が上訴による審査を求めることを容易にするとともに、上訴審における適切な審査を可能にする程度のものであることを要し、それをもつて足りると解すべきである。これを本件についてみるに、原判決は、理由中の「罪となるべき事実」において、被告人は、法定の除外事由がないのに、本件覚せい剤合計九七九・五九四グラムを所持したものであるとの事実を認定判示し、「法令の適用」において、被告人の右所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項に該当すると判示した上、押収してある主文掲記の覚せい剤一〇袋は、判示の罪に係る覚せい剤で被告人の所持するものであるから、同法四一条の六本文によりこれを没収するとの理由を付して、主文において右覚せい剤の没収を言い渡しているのである。これによると、原判決は、右覚せい剤についての没収の要件を定めた同法四一条の六本文に該当する事実を余さず示したうえ、同条を適用してこれを没収する旨判示しているのであるから、没収の裁判の理由としては十分であるというべきであり、本件が第三者所有物の没収であり、その没収については、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法の規定するところによつて第三者に告知、弁解、防禦の機会を与えることが憲法上の要請に基づくものであるからといつて、第三者所有物の没収の手続規定である右応急措置法の該当条文まで判示しなければならないというものではない。

なお、本件第三者所有物の没収手続については、被告人の司法警察員に対する昭和五九年一二月二六日付及び同六〇年一月七日付並びに検察官に対する同月三一日付各供述調書によると、被告人は、本件覚せい剤を赤羽多代子から預つたとし、同人の所有に属する物であるかの如く述べておるのであるから、同人に対し前記応急措置法二条一項による告知を必要とするのではないかとの疑問があるが、しかしながら、原審記録及び証拠物並びに当審における事実取調の結果によると、赤羽多代子は右事実を全面的に否認し、本件覚せい剤を所持、所有したことも、被告人に預けたこともないと供述している事実や、被告人が本件覚せい剤の入手先を秘匿していた経緯に照らすと、結局、本件においては本件覚せい剤を所有する第三者を特定することができないというほかはないから、検察官が前記応急措置法二条二項による公告によつて告知の手続をしたのは正当である。

以上のとおりであつて、原判決には、理由不備ないし法令適用の誤りは認められないから、論旨は理由がない。

第二事実誤認の主張について

所論は、原判決は、被告人の特定として、被告人の住所を本件公訴提起時の「東京都新宿区大久保一丁目三番二二号ヴアンベール新宿七〇九号室」としているが、被告人は、原審の弁論終結時には、「東京都中野区中央一丁目二九番一八号メゾン小淀一〇二号」に住所を変更していることは証拠上明らかであり、原判決は、この点で明らかに事実の誤認がある、というのである。

なるほど原審記録及び当審における事実取調べの結果によると、被告人は原審の弁論終結時には所論の場所に住居を変更したと認めるのが相当であるから、原判決には被告人を特定する判決書冒頭の被告人の住居の表示に誤りがあるといえる。しかしながら、右の誤りは、被告人の特定を不明確にするものではなく、また判決に何ら影響を及ぼすものでもないから、論旨は理由がない。

第三量刑不当の主張について

所論は、要するに、原判決の量刑は重きに失し不当であるというのである。

そこで原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果(但し、被告人の当審公判廷における供述)を併せ検討すると、以下のとおりである。

本件は、被告人が覚せい剤合計九七九・五九四グラムを所持していたという事案であつて、その取り扱つた量が極めて多量であることや、被告人は本件覚せい剤を赤羽多代子から預つたと述べているが、その所持は捜査官の追及を免がれるような方法でなされていることなど、その犯情はすこぶる悪く、加えて、被告人はこれまでに、傷害、恐喝、同未遂、窃盗、暴力行為等処罰に関する法律違反及び監禁の罪で前後八回懲役刑に処せられ、また暴力団住吉連合会の澤田組組長を名乗る暴力団組員であつて、犯罪傾向が強いことなど事情に鑑みると、被告人の刑事責任は重い。してみると、所論のいう如く、被告人の友人である赤羽利章の妻赤羽多代子が夫が不在中に相談にあずかり本件覚せい剤を預かつたものであるとしても、また、被告人は澤田組を解散し更生することを誓つていること、被告人の小中学校の教師、同窓生から嘆願書が裁判所に提出されていること、家庭の事情等本件記録に現われた被告人に有利な情状を十分斟酌しても、被告人を懲役四年に処した刑の量定が不当に重いとは認められない。なお、所論は、本件覚せい剤を預かつて欲しいと被告人に依頼した赤羽多代子を起訴せず、たんに親切心から一晩だけの約束で本件覚せい剤を預かつた被告人のみを処罰の対象としたのは、法の下の平等を定めた憲法一四条一項に反するというが、右赤羽が不起訴処分となり、被告人が起訴のうえ処罰を受けたのは、それぞれ合理的な理由に基づくものであつて、何ら憲法に違反するものではない。以上のとおりであつて、論旨は理由がない。

よつて刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数中四〇日を刑法二一条により原判決の刑に算入することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 石丸俊彦 新矢悦二 高木貞一)

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